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東秀院の本寺
は蔵王町円田にある「保昌寺」です。その開山者である牛見永喜和尚の本寺が山形県米沢市梓山の「松林寺」でした。いずれも曹洞宗通幻の流れを汲む寺院です。
米沢の松林寺は、当時その地方を支配していた伊達政宗公の時代に開かれた末寺です。伊達政宗公が勢力を拡大するにつれて家臣も増え、牌寺を建立した家臣も少なく
ありませんでした。そして、伊達政宗公が仙台を拝領し、青葉城築城に伴い、同時に現在の新寺地域に移った寺院が多数ありました。
「保昌寺」は高野氏に従って平沢に、東秀院は「保昌寺」八世・喜山ァ悦大和尚が開山しましたが、ァ洞大和尚の勧誘開山と思われます。
1708年に仙台城下に大火があり、新寺も7ヶ寺(阿弥陀寺・成覚寺・善導寺・林香院・正雲寺・生因寺・導仁寺)が焼失しました。十八世諦円量山大和尚の時
(1855年)、まず庫裡が再建され、その4年後に本堂が完成したのが現存する本堂です。
後の再建功労により、量山大和尚三十三回忌の折、本寺「保昌寺」三十八世より「中興」の称号が贈られました。
現住職は今年(平成17年)6月1日で住職在位50周年を迎えられました。在位50周年を迎えられる住職は多くはありません。この機に併せてお檀家の蔵書にと「菩提寺の聖典」を上梓されました。 |